壊れた家族関係においての希望

マスタードシードクリスチャン教会 東京は、インターナショナル・ゴスペル・カフェというバイリンガルのオンラインイベントに参加しています(Facebookでもご覧いただけます)。このイベントでは、タブー視されている様々なトピックについて話します。これまでのトピックは、高齢者、民族の多様性、子育て、難民、養子縁組、人目などです。毎週水曜日の夜8時から(2021年現在は月一回の頻度で開催中)、ぜひご参加ください。参加者は、聖書的な視点からこれらのトピックについて話を聞くことができ、また話し合いのグループで自由に自分の考えや意見を共有することができます。

最近、インターナショナル ゴスペル カフェで取り上げたトピックの一つに、壊れた家族関係(不完全機能家族)があります。ここでは、日本の機能不全家族について調べて分かったことをいくつかご紹介します。

今年(2020年)3月にジャパンタイムズに掲載された記事によると、2019年に日本で警察が捜査した家庭内暴力事件の件数は過去最高となり、16年連続の増加となりました。日本の警察庁が2018年のデータを発表したところによると、ドメスティックバイオレンスや性に関する地方警察への通報は7万7,480件にのぼりました。これらの数字をもとに、警察は全国で9,088件のDV(家庭内暴力)に対応しており、その数は前年比666件の増加となりました。

ハーバード大学の日米プログラムの准研究員である鎌田佳乃子氏は、この問題はあからさまに無視されていたと言います。「政治家の大半は一般的に保守的で、日本の男性は暴力を振るわないので、日本は欧米と同じような社会問題を抱えていないと思われていた」と彼女はThe Diplomat誌に語りました。家庭内暴力が人権侵害であるという認識が欠如しており、女性は黙っているべきだと思われていました。このことについての詳細はこちらからお読み頂けます。

さて、この種の統計を扱うときに、ある難しさが伴います。気をつけていないとこのような数字というのは自分に特に関係のないものだと受け取ってしまいがちです。クリスチャンとして、男性と女性は神のすがたに似せて造られたと信じています。(創世記1:27)互いに誓い合って結婚し、子供を授かった人から虐待を受けることは悲劇的なことです。東京や日本全国に住む人々の現実は、親しい家族からネグレクトされ、虐待を受けています。実際、この問題はあなたが思っている以上に身近な問題です。インターナショナル・ゴスペル・カフェに定期的に参加してくださっている人がこのトピックを勧めてくれたのは、その方の身近に機能不全で壊れた家族がいるからでした。私が日本で知り合った人の中にも、機能不全に陥った家族を持っている人を知っています。

家族が機能不全であることは良くないと皆が同意できると思います。完璧な世界では、身体的な虐待も、言葉によっての虐待も、心理的な虐待もありません。機能不全家族は社会を構成する個人を傷つけるという点において私たちは同意します。機能不全の家庭で育つ子供たちは、必ずしもそうなる訳ではありませんが、彼らが成長して新しく築く家庭も機能不全になることが多いです。そこには悪循環が起きています。

家族が機能不全であることは、解決策が必要な深刻な問題です。3つの提示された解決策を見てみましょう。

1. 法

ある人は、「では、子供への肉体的、言語的虐待を違法と決めよう」と言うかもしれません。政府がその法律を執行しても、本当に法律が家族間の関係をよくすると信じますか?法は、隠れた所での行動を本当に変えることができるでしょうか?

2. お金

お金で解決できると思う人もいるかもしれません。低所得者層の家庭では、貧困の結果、うつに悩まされる可能性があります。しかし、お金や所有物には、私たちの振る舞いや衝動的な行動傾向を変える力はありません。お金はしばしば、私たちの罪深い行動の原因となっている本当の問題を避けるために、一時的に私たちをなだめてくれるだけなのです。大富豪だからといって、貧しい人よりも良い人間関係を持っているというわけではありません。

3. 薬、治療、健康

薬物的な治療や療法は一部の精神疾患に役立ちますが、虐待による心の傷は薬では治りません。

このような複雑な問題に対しては、もっと深く掘り下げる必要があります。上記の解決策は,外にあるものにしか対応していません。聖書は,わたしたち自身の心の中にあるものを扱っています。聖書の次の箇所を考えてみましょう。

内側から、すなわち人の心の中から、悪い考えが出て来ます。淫らな行い、盗み、殺人、姦淫、貪欲、悪行、欺き、好色、ねたみ、ののしり、高慢、愚かさで、これらの悪は、みな内側から出て来て、人を汚すのです。」
マルコの福音書 7章21~23節

聖書は、悪は私たち全員の内にあると教えています。それは、自分の子供を虐待する両親や祖父母の内にあります。また子供たちの中には、他の人を傷つけようとする子もいます。誰もが自分の内に罪を持っているのです。それでも、希望はあります。

あなたの家族があなたを拒絶したり、無視したり、虐待したりしたとしても、イエスはあなたがイエスに従い、ついてゆくことを歓迎しています。聖書は、イエスのもとに来る人は誰でも、追い出されたり、拒絶されたりすることはないと言っています(ヨハネの福音書6:37)。 この希望は、救いのためにイエスに信仰を置く人なら誰でも得ることができます。聖書は私たちに、法律やお金や薬のような一時的で不十分な解決策ではなく、自分自身の内側に目を向けるよう呼びかけています。 完全な父である神は、私たちと私たちの罪を見て、家庭における虐待や育児放棄の悪循環を断ち切るための手段を与えてくださいます。神は私たちの代わりに十字架にかかって苦しみ、死なれたイエスを遣わすことによって、このことを成し遂げてくださいました。罪を悔い改め、イエスに従う者は誰でも神を知り、永遠の命を得ることができます。キリスト教の神を知ることで、私たちは愛され、大切にされ、与えられていると感じるようになります。また、私たちは、悪を善で克服することによって、罪と戦うようになります(ローマ人への手紙12:21)。私たちは、虐待やネグレクトの悪循環を断ち切る希望を体験し始めることができます。

教会は、自分の人生における罪や周りの人たちの罪がどのように自分に影響しているかを話し合う安全な場所です。キリスト教会が、あなたが神の言葉に耳を傾けられる、助けを得ることが出来る、癒しの真実の言葉を提供される場所であることを願っています。私たちは皆、何らかの形で罪の影響を受けています。あなたは一人ではありません。希望があります。この希望について学び続けるための一歩を踏み出すように励ましたいと思います。

Previous
Previous

みんなぼっち

Next
Next

人の目と神の目